大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和46年(ツ)18号 判決 1972年2月28日

上告人 畑山栄治郎

右訴訟代理人弁護士 大園時喜

平井博也

被上告人 堀部鎮

右訴訟代理人弁護士 島谷六郎

荒井秀夫

古川裕之

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人大園時喜、同平井博也の上告理由第一点について。

原判決は次のように認定判断して、被上告人主張の、被上告人は訴外五味秀夫の本件係争土地の所有権の時効取得を援用する、との抗弁を採用し、もって上告人の右土地の所有権の確認及び右所有権に基づく右土地の明渡等の請求を排斥した。すなわち、

(一)  証拠によれば、被上告人は五味から、その所有の東京都千代田区神田猿楽町二丁目八番一宅地五六八坪八合七勺(一、八八〇・五六平方メートル)のうち、本件係争土地に東側において隣接する部分約三六坪(一一九平方メートル)を賃借していること、五味は被上告人に対し、右土地も右の賃貸土地に含まれるものとして貸与し、被上告人もその旨信じていたこと、五味も被上告人もともに右土地を占有し始めた際、右土地が五味の所有であると信ずるについて過失がなかったこと及び五味は被上告人を占有代理人として右土地の占有を継続していることが認められ、右の各事実によれば、五味は昭和二三年八月一三日から一〇年の経過により、右土地の所有権を時効により取得したものというべきである。

(二)  ところで、民法第一四五条にいう当事者とは、所有権の取得時効に関していえば、時効により権利を取得する者のみならず、自主占有者の時効取得により反射的に訴訟の目的たる義務を免がれ、または訴訟の目的たる権利が認容される地上権者、賃借人等の占有代理人をも包含するものと解すべきであるから、前記土地の賃借人である被上告人は独立して、五味のために完成した本件係争土地の所有権の時効取得を援用することができる。

(三)  なお、証拠によると、五味は昭和三六年一一月一一日右(一)の時効の利益を放棄したものと認められるが、右(二)のとおり被上告人は五味とは独立に時効を援用することができるのであるから、右の放棄の事実は被上告人の前記取得時効の援用権に影響を及ぼさないうえに、本件においては被上告人自身が右援用権を放棄したことを認めるべき証拠もないから、被上告人は五味の意に反して本件係争土地の所有権の時効取得を主張できない、という上告人の再抗弁は採用できない。かように認定判断している。

しかし、民法第一四五条にいう当事者とは、時効の完成によって直接に利益を受ける者を指すのであって、これを所有権の取得時効についていえば、時効完成の結果所有権を取得する者に限られ、権利設定者が所有権を時効取得すべき不動産につき、同人から地上権、抵当権等の物権の設定を受けた者或いは賃借権等の債権的利用権を得たに止まる者は、時効の完成により間接に利益を受けるに止まるから、右の当事者に含まれないと解するのを相当とする。この解釈は、最高裁判所の判決がつとに採用するところであって(第三小法廷昭和四四年七月一五日言渡判決、民集二三巻八号一五二〇頁参照)、当裁判所は今にわかに右判例の見解を改めるべきものとするゆえんを見出すことができない。

してみれば、被上告人が五味のために完成した本件係争土地の取得時効を援用することができることを前提とする原判決の右認定判断は、民法第一四五条の解釈を誤ったものであって、この法令の違背が判決の結果に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は既にこの点において破棄を免がれない。

そうして、本件は更に審理を尽させるため、これを原裁判所に差し戻すのが相当である。

よって、民訴法第四〇七条、第三九六条、第三八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 岡松行雄 川上泉)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例